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隈田本店−菊池菓子店めぐり
 

隈田本店 創業のきっかけ



 本家は中山酒造という店名で酒造りをしていた。中山家の三男であった辰平氏が畳屋を営んでいた隈田家に養子に入り、明治36年に醤油・味噌の醸造を始め、昭和8年「隈田本店」へ法人組織化。
 なお、ピーナツ糖は初代・野口周平氏が戦時中に台湾製糖に勤めており、そこでピーナツ糖づくりを覚え、帰国後菊池で作り始めたのがきっかけ。その後、跡取りを探していたところに野口氏の友人であった隈田研吾氏が、2代目として昭和52年に菊池のお土産にすべく作り方を習った。


ピーナッツのうまみを引出したパリッとした水あめ菓子



 
ピーナツ糖工場の様子
 初代・野口氏の当時はピーナツ糖ではなく「豆板(まめいた)」と呼ばれ、もっと平たい板のような形をしており、好きな大きさに折って食べるようなものだった。それをすのこのようなものに包み、旅館などで売っていた。その後、2代目の隈田研吾氏がピーナツ糖として菊池のお土産にすべく作り方を習得。

 まず台湾のピーナツ糖との違いは、油を全く使っていないことである。また、自然食品であること・一釜一釜ていねいに昔ながらの製法で手づくりしていること・そして、先代が製作したかき氷の器具を改良した独自の道具を今でも使っていることが、隈田本店ピーナツ糖のこだわりだ。
 もちろん良質の原材料にもこだわりと工夫がある。たとえばピーナッツの粒が大きいと、板にした時に
飴の部分が割れやすくなるので大きさには粒の揃った最適のものを選んでいる。そしてピーナッツの濃厚な味、それにパリパリの水あめがマッチした素朴でクセになるおいしさ。 1本1本が丁寧に包装され、食べやすいサイズもうれしい。

ピーナツ糖づくりの苦労



 ピーナツ糖作りは、熱いうちに6キロもの鉄の棒を使い板状に伸ばさないと飴が固まって割れてしまうので大変な重労働だという。特に冬は冷めるのが早いため、急いで作らないと飴の部分が固まって割れてしまう。反面、夏は高熱で作るため、工場内はサウナのような状態になるとのこと。原材料はピーナッツ・麦芽水あめ・砂糖の3つだけ。添加物は一切使用しないことにこだわりを持ち続け、夫婦二人三脚ですべて手づくりしている。大量生産が難しいため、きくち観光物産館、県物産館、店売りのみ販売となる。
 
店頭のピーナツ糖


 
隈田さん夫妻

隈田本店・菓子職人の素顔 菓子職人の素顔


隈田 弘紀さん・三代目
店舗では、創業者である隈田辰平氏が醤油を担ぐために使っていた100年前の天秤棒を飾っている。
 当時は、わらで作ったかごのようなものを棒の両側につけ、合わせ約て60キロ(醤油瓶30本)を担いで徒歩で配達をしていたという。「先代の苦労を忘れないためにこれを宝として飾っているんですよ」と弘紀さんは語る。


隈田本店 オススメのお菓子


 
ピーナツ糖

菊池十五家めぐり (資)隈田本店



住所:菊池市隈府265

電話番号:0968-25-2011

FAX番号:0968-25-2074

WEBサイト:無し

営業時間:8時30分〜19時30分まで

定休日:日曜日、第3土曜日/1月1日〜1月3日

駐車場:有(7台)

お取寄せ:有(上記電話番号からどうぞ)

隈田本店の外観写真

隈田本店の内館写真

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